報謝

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今回、薫子さんのお母様に直接お会いすることが遂に叶いました。

お話を伺って想像していた遥か上のレベルで、“伊勢神宮のお姫様”の名に恥じない魂をお持ちの、“福の神様”の如きオーラを纏った、在り方が素晴らしいを通り越してもはや“凄まじい”という形容が相応しいお方でした。
特筆すべきは“豪運を伴った加護の力”で、日本人だけでなく、中国人などの外国人も含め、貴族のお姫様や神道、仏道の加護が厚い方達と比較してみても更に数段上を行くのはただただ脱帽するばかりです。
肉体的にも信じられないほどお若く、どこからどう診ても常人の60〜70代に相当する肉体年齢で、90代でなぜ五体満足で不自由なく動けて、思考も比較的クリアなのか納得できました。

お母様を観察させていただいて改めて思い知らされたのは生家の重要性です。
(お母様の)ご生家のご先祖様達が数百年、数千年間積み上げ続けてきた経験に加えて、お母様が93年間積み上げ続けてきた努力(経験)があるからこそ今のお姿があるのでしょう。
環境という名の舞台装置が整っていて、(お母様のように)ご本人に才能があり、弛まず努力を継続すれば、人というものはここまで極まるものかと感動すると共に、大変深い学びをいただきました。

「三つ子の魂百まで」という諺があるように、人間というものはその実、生まれてから死ぬまで本質的にはほとんど何も変わりませんし、変われません。
そのことを理解もせずに、大部分の人達は努力を継続することを放棄して一発逆転の方法ばかりを探しますが、残念ながらこの世界にそんなものは存在しません。

才能というものは先祖代々、経験(努力)を積み上げ続けて、その経験が複利の力で増えて、そこに個人の努力(経験)を上乗せすることによって初めて真価が発揮されるものです。
一般人が数年、数十年努力したところで数百年、数千年努力し続けてきた一族の人間には到底敵いません。
そもそも努力できる人はその才能に相応しい家に生まれて、(お母様のように)生まれた瞬間から最期の時まで絶え間なく、まるで呼吸をするように努力し続けます。

加えて、人生をわずかでも無駄にしないように、運気も健康も老いるほどなお盛んになる“大器晩成”型に設定されているのは流石としか言いようがありません。
「終わり良ければ全て良し」という諺通り、人生においては老後が収穫期になります。
若い頃にどんなに努力しても、老後に認知が入ったり、寝たきりになったりしたらそれまで積み上げてきたものが全て水泡に帰してしまいます。
幼少期から今に至るまでご自身で体調管理をされつつ、運気や健康などの経験を一心に積み上げ続けられるその胆力には尊敬の念を禁じ得ません。

最も重要な魂に関して言えば、お母様を枯れ果てるまで四季を問わず満開の花を咲かせ続ける桜の大木に例えれば、常人は草花のようなものです。
(お母様のように)レベルの高い“魂”という名の深い“根”があり、大きな”愛”という名の太い“幹”があるからこそ樹として大きく育ち、“行動”という名の“枝葉”が四方に伸び、“言動”という名の“花”が咲き乱れます。
常人は“魂”という名の“根”も浅く、“愛”はないに等しいので“幹”ではなく茎が伸び、“行動”もしないので“枝”はなく葉が出て、人によって辛うじて“言動”という名の“花”が咲くのみに留まります。

レベルの高い魂(根)と愛(幹)があるからこそ、行動(枝葉)と言動(花)が充実していき、他者を感動させるに至ります。
魂(根)と愛(幹)のレベルを上げず、行動(枝葉)と言動(花)をブラッシュアップしようとしてもほとんどの場合は徒労に終わるでしょう。

因みに、薫子さんはお母様とほぼ同等の才能を有していますが、“加護の力(有神)”と“努力(経験)の積み重ねの精度”が桁外れに高いです。
常人はその恐さを全く理解できないのですが、加護の力(有神)はもはや何かの冗談のようなレベルに達しています。
努力の積み重ねに関しても、さながら“ピラミッドの石積み”の様な精度で日々、努力をし続けられています。
まさに、“龍から生まれたのは龍である”を地で行く親子です。

大変遺憾に感じるのは、常人がおニ方にお会いしても、彼我のレベル差がありすぎて学びに繋がっていかないことです。
例えば、常人の才能(器)のレベルを1としてお母様、薫子さんのレベルを10000とします。
レベル1の人はレベル1の事柄しか理解できないので、レベル10000の方にお会いしても、差し引きレベル9999の事柄は全くの無駄になってしまいます。(自分より下のレベルの事柄は理解できても、上のレベルの事柄は理解できない)
だから、できるだけ早くレベルを上げて少しでも上のレベルの事柄を理解できるようにしていかないと運気と時間ばかりが消耗されてしまいます。

それでも、今世で薫子さんやお母様にお会いできるという奇跡を頂けた人達は、ご自分のレベルが低いからと言って、人様と比べて秀でた才能がないからと言って腐らずに、今世でできるだけの努力を積み重ねていきましょう。
そして、来世こそは幼少期から“魂”と“愛”を育てる習慣を身に着けて(人)生を充実したものに変えていきましょう。

2026年 水無月 明易

コメント

  1. ゆりこ より:

    神先生が掲載して下さったおかげで、明易さんのコメントを読ませていただけます。
    有り難く學ばせていただきます。神先生、ありがとうございます。

    神先生のお母様とお会いさせていただきながら、愚鈍な感じ方をした自分を恥じました。
    「だから、お前は〇〇なんだ。」と明易さんが、どんなお気持ちからコメントされているのか、
    考えさせられました。
    今世で神先生やお母様にお会いできるという奇跡の尊さを、
    明易さんの言葉で改めて噛みしめさせていただきました。ありがとうございます。
    草にもならない現状をよく見つめ、腐らず積み上げることだけ考えます。

  2. 報謝という言葉を初めて知りました。
    薫子神や薫子神のお母様にお会いできるという奇跡を頂き、その奇跡がいかに尊い体験だったのか、私はその経験をどれだけ軽く考えていたか、明易さんのコメントから改めて内省致しました。

    薫子神に抗い続けている私は、在り方が腐っているのだと思いました。
    薫子神に抗っているという思考を、消す努力を続けます。
    薫子神や薫子神のお母様に出会えた奇跡を、来世の充実に繋げることができるように、今世で出来る限りの努力を続けます。

  3. 里恵 より:

    薫子神
    お母さまとの優しく温かなお写真を見せていただきありがとうございます。
    お母さまにお目にかかれて優しいお声をお聞きした時の、魂が震える感覚が明易先生のコメントで蘇りました。
    薫子神とお母さまの優しい大きな愛が溢れておられました。
    お母さまがお二階におられるのだなぁと感謝しながらのリラクセーションもスペシャルな日々でした。
    薫子神、あのような奇跡をいただき本当にありがとうございました。

    明易先生のお言葉で自分の小ささがさらにわかりました。
    桜の大木を見上げる私は芽がやっと出たかどうかの草花なのだな、と。
    来世で魂と愛を育てられるよう、今生では頂き続けている大きな愛に報いるように地道に一歩ずつ努力を重ねてまいります。
    ありがとうございました。

  4. なおみ より:

    神先生、いつも深い學びをありがとうございます。
    また、明易さんの心に深く響く寄稿文を掲載してくださり、ありがとうございました。

    「魂と愛の根を育てることの大切さ」というお言葉が、とても心に残りました。
    表面だけを整えるのではなく、日々の積み重ねや在り方が大切なのだと、改めて學ばせていただきました。

    先日、Ravennaへお詣りに伺った際には、
    神先生のお導きで神先生のお母様にお会いするご縁をいただき、頭を撫でていただきました。
    とても温かく、包み込まれるようなお優しさを感じました。
    頭を撫でていただいた温かさは、これからも私の中の大切な宝物です。

    その頃、私はRavennaの近くで開業物件を探していましたが、なかなか見つからず、
    神先生にご相談していました。
    すると、その後まもなく、営業利用可能な物件とのご縁をいただきました。
    大変ありがたく、今も深く感謝しています。

    今回の寄稿文を拝読し、根を育てることの大切さを、改めて學ばせていただきました。
    これからも驕らず、一歩ずつ努力を積み重ねてまいります。

  5. かなみ より:

    神先生、明易さんのコメントを読ませていただく機会をありがとうございます。
    そしてそこから學ばせていただけますこと、大変ありがとうございます。

    根幹がしっかりしていなければ、何かをしてもそれは空虚で、何も残らないし、のちにも続いていかないのだと感じました。
    私が努力をしなければ、隣にいて私の背中を見ている娘にも影響を及ぼしてしまう、そしてその次の世代にも…と、自分の在り方に責任を持たないといけないとひしひし感じます。

    神先生は、娘にもお札さんを授けてくださったり、お話しする機会をくださったり等、娘のことも想ってくださり、母娘共に神先生のあたたかさに包まれています。

    愛のかたまりである神先生のもとであるからこそ、大事な部分を知り、學ばせていただける。
    日々感謝をし、魂と愛を育てられるよう努力を重ねて重ねて重ねていきます。
    神先生、ありがとうございます。

  6. より:

    薫子先生ブログでも大きな學びをありがとうございます。
    明易さんの寄稿分読ませて頂き、大変分かりやすく今世薫子先生とおなじ時代を生きられることの奇跡を改めて胸に刻んでいます。
    ありがとうございます。
    この奇跡の出会いを無駄にすることなく 、日々努力して積み重ねていきます。
    今後も、繰り返し読ませて頂きます。

  7. 上中別府美名子 より:

    薫子神様
    ありがとうございます。
    明易様からのブログを拝読させて頂きました。

    正座して頭を上げられない(土下座)状況で、言葉を発したら全て言い訳になるような、言葉すら出せない恐れ多い心境でした。
    ずっと努力しか無い事だと教えてくださりありがとうございます。
    薫子神の元で努力し続けます。
    薫子神様のお母様、そして薫子神様に感謝申し上げます。
    そして明易様は、全く分かっていない私と一緒に學ぶ皆さんに、わかりやすくお伝え下さり本当にありがとうございます。

  8.  しのぶ より:

    明易先生の報謝を拝読し、自分自身がとてつもなく未熟であることを痛感するとともに、薫子神とのご縁をいただいていることの奇跡、そしてどのような姿勢で學び続けていくべきかを見つめ直す機会をいただけました。

    私はつい目に見える行動や結果に意識が向きがちですが、その土台となる魂や愛を育てることの大切さを改めて學ばせていただきました。

    また、お母様のお姿を通して語られていた「積み重ね」のお話からも、人は一朝一夕に成るものではなく、ご先祖様が長い年月をかけて積み重ねてこられたものの上に今の自分があることを改めて考えさせられました。

    明易先生の仰る通り、人と比べて腐ることなく、この人生で薫子神とのご縁をいただけたという奇跡を無駄にすることなく、今世では今の自分が最大限できる努力を積み重ね、来世では幼少期から魂と愛を育める在り方へと繋げていけるよう努めてまいります。

    貴重な学びをありがとうございました。

  9. さとみ より:

    明易さんの文章を最初に読んだ時、正直に言うと、なんとコメントして良いか分かりませんでした。
    神先生や神先生のお母様はどれだけの努力をしてきたのか、どれだけの苦しみと向き合い、乗り越えてきたのだろうか、と思い、神先生から以前、神先生と私の思考は天と地ほど離れていると、言われたことを思い出し、言葉が出てきませんでした。
    明易さんから、ご加護があると言われる家族が私にはいて、目の前の状況を見ていると、認知が入ったことにより、どんどん言動と行動が一致しなくなっています。
    そんな姿を見て、ご加護のない私の未来の姿も理解できる一方、いつか出来るようになると自分を信じて、今を一生懸命に頑張る以外ないと理解し、取り組むようになりました。
    2年半、神先生の言葉の意味を全然理解できませんでしたが、苦しみを経験したり、実践したりすることで、ほんの少しだけ神先生の言葉の意味を理解したので、レベルが1つでも上がるよう、頑張ります。

    神先生、掲載していただき、ありがとうございます。
    明易さん、寄稿をありがとうございます。
    辛抱し、苦しみを喜びに変えていきます。

  10. なお より:

    薫子神、明易さんのコメントを拝読いたしました。薫子神、明易さんありがとうございます。

    薫子神と出会えた奇跡に感謝をしています。
    神様からの借り物の肉体、命を粗末に扱わずに、今世ではできる限り、魂(根)と愛(幹)のレベルを上げたいです。そして、行動(枝葉)と言動(花)を充実させていきたいです。

    薫子神のご助言で、お言葉をお借りしますと、小さくても良い、小さな綺麗なエネルギーの持ち主になれるように、魂磨きをしてまいります。

  11. ゆか より:

    神先生、明易様の寄稿を載せてくださり、そして學ぶ機会をいただきましてありがとうございます。

    これまで私は“神先生の凄さ、ありがたさをきちんと理解したい、けど自分は殆ど理解出来ていない”という、何と表現したらいいのかわからない、もどかしく申し訳ないような感情がありました。
    この明易様のブログを拝読し、“レベル1の人はレベル1の事柄しか理解できない”の箇所で、このもどかしい感情が言語化されてあり、大変わかりやすく學びになりました。

    神先生に今世で出会えたことに心から感謝をし来世に繋げられるように、神先生のことを少しでもきちんと理解出来るように、神先生のもとで努力の仕方を教わりながら、腐らず努力を積み重ねていきます。