報謝

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今回、薫子さんのお母様に直接お会いすることが遂に叶いました。

お話を伺って想像していた遥か上のレベルで、“伊勢神宮のお姫様”の名に恥じない魂をお持ちの、“福の神様”の如きオーラを纏った、在り方が素晴らしいというより“凄まじい”という形容が相応しいお方でした。
肉体的にも信じられないほどお若く、どこからどう診ても一般人の60〜70代に相当する肉体年齢で、90代でなぜ五体満足で不自由なく動けて、思考も比較的クリアなのか納得できました。

お母様を観察させていただいて改めて思い知らされたのは生家の重要性です。
(お母様の)ご生家のご先祖様達が数百年、数千年間積み上げ続けてきた経験に加えて、お母様が93年間積み上げ続けてきた経験があるからこそ今のお姿があるのでしょう。
舞台装置が整っていて、(お母様のように)ご本人に才能があれば、人というものはここまで極まるものかと感動すると共に、大変深い学びをいただきました。

お母様を枯れ果てるまで四季を問わず満開の花を咲かせ続ける桜の大木に例えれば、
一般人は草花のようなものです。
(お母様のように)レベルの高い“魂”という名の深い“根”があり、大きな”愛”という名の太い“幹”があるからこそ樹として大きく育ち、“行動”という名の“枝葉”が四方に伸び、“言動”という名の“花”が咲き乱れます。
一般人は“魂”という名の“根”も浅く、“愛”はないに等しいので“幹”ではなく茎が伸び、“行動”もしないので“枝”はなく葉が出て、人によって辛うじて“言動”という名の“花”が咲くのみに留まります。

レベルの高い魂(根)と愛(幹)があるからこそ、行動(枝葉)と言動(花)が充実して、他者を感動させるに至ります。
魂(根)と愛(幹)のレベルを上げず、行動(枝葉)と言動(花)をブラッシュアップしようとしてもほとんどの場合は徒労に終わるでしょう。

「三つ子の魂百まで」という諺があるように、人間というものはその実、生まれてから死ぬまで本質的にはほとんど何も変わりませんし、変われません。
そのことを理解もせずに、大部分の一般人は努力を継続することを放棄して一発逆転の方法ばかりを探しますが、残念ながらこの世界にそんなものは存在しません。

才能というものは先祖代々積み上げ続けてきた経験(努力)が複利の力で伸び続けていった結果、初めて個人の身に発揮されるものです。
一般人が数年、数十年努力したところで数百年、数千年努力し続けてきた一族の人間には到底敵いませんし、そもそも努力する人、できる人はその才能に相応しい家に生まれて、(お母様のように)生まれた瞬間から最期の時まで絶え間なく努力をし続けます。

今世で薫子さんやお母様にお会いできるという奇跡を頂けた人達は
人様と比べて秀でた才能がないからと言って腐らずに、
今世でできるだけの努力を積み重ねていきましょう。
そして、来世こそは幼少期から魂(根)と愛(幹)を育てる習慣を身に着けて(人)生を充実したものに変えていきましょう。

2026年皐月 明易

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