忙しい感情

ブログ

ここ二、三日は感情が上がったり下がったりと、まさにジェットコースターのような感覚を味わっていた。

「ストレスは疲れる」とは言うものの、正直これまではピンと来ていなかった。
しかし今回の出来事で、ストレスや嫌なことは心を酷く疲弊させるのだと身に染みて実感した。
自分がどれだけストレスを受けていたかに気づけたからこそ、「ストレスがない状態」の心地よさも理解できたと言える。

実は、ある日のカウンセリングで、思わず頭を抱えたくなる出来事があった。
あるクライエントとのプログラムで、なぬ〜っ!なんで!!?どうしてそうなるの!?、と嫌な言葉ばかりが並び最後も『はい、終了!』と一方的にプチッと終わってしまったのだ。
あ〜なんたること……何度毎度同じ……(私の力不足……)
前回理解できていなさそうだったから言葉を砕いて伝え、「わかりました!気付けます!」、と終えたはずだったのに……。
いつものように
一人深く嘆いていた。

しかし、その数時間後に奇跡のような時間が訪れた。

Ravennaでは「魂の見立て」をしたクライエントに、月1回必須のカウンセリングを行っている。
クライエントの日々の実際の出来事を教材にして魂磨きをしていく時間だ。(みんな毎回凹みながらも頑張っている……これには拍手!)。

そのカウンセリングで思わず、ブラボー!魂の水準10ポイントUP!、と声が出た実際の出来事を書いてきてくれたクライエントがいた、正直びっくりした。(ちょっと泣いちゃった)

彼女に限らず、「気付きました」「こういうことだったんですね」「がんばります」と綺麗な整った文字がシートに記される。
文字にすることでまるで出来たように満足する。
長い間、彼女もそれに違わずだった。
それが、彼女は自ら立ち上がり、実践へと移せたのです。
彼女に、そして全てのクライエントに伝え続けてきたことを、彼女が実践してくれたのだ。

文字だけで終わらせていたことを、立ち上がって実践に移した彼女。
その行動が職場でのコミュニケーションの改善に繋がり、なんと上司がマニュアルを見直すまでに至った。
彼女が具体的な行動に変えたことで、会社という大きな組織までをも動かした——。

意識が変わったことで行動も変わった、認知行動療法ですね、って表現もありだと思います。
でも kaoruko ism はその先に崇高な思いがあるんだよね。
それはRavennaのクライエントなら共有事項。

大粒の涙を流している彼女に、
やっと、やっと実践できたね。
これで、いいんだよ。
魂磨かれたね。
がんばったね!
曇りない言葉を伝えられた。

“伝わる” って、こんなにも嬉しいものなのか……。
Ravennaを運営して苦節23年目にして、初めて心が洗われるような喜びを感じた。
先の落ち込んでいた気分が一転し、心の中で、わぁ~い!、と走り出したいほどの感動を味わったのだった。

数日後、長年のストレスから抜け出た感覚を持ちながら、孫の授業参観日に初めて足を運んだ。
道徳の授業だった。

主人公のアキラくんが、様々やらかし、それについてどうしてアキラくんはこんなことをしてしまうのか、
それをどうしたら改善できるのか、アキラくんと同じようなことをして、周りに迷惑をかけていないか……。
などについて自分の考えを発言し、気づいたことをシェアし、授業は進んでいった。
終盤になり、先生は子どもたちの考えをまとめ、締めの言葉を伝えた。

「気づいても、そのことに付いて行動をしないと、気づいたことにはならない。」

一瞬、子どもたちがRavennaのクライエントに見え、先生が◯◯◯に見えた。

小学3年生の授業参観だった。

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写真は、小学3年生の孫と中学校教師のクライエント

コメント

  1. なおみ より:

    魂の見立てシートに「気づいた。」「行動した。」と書いても、実際には「気づいたつもり」「行動したつもり」なのだと思いました。
    本当に気づいているのか、行動できているのか、自分では分からない。

    気づいて行動することで、自分が変わり、いつのまにか周りも変わるのだと受け取りました。

    だからこそ、自分の気づきが本当に行動につながっているのか、神先生に報告して、一つ一つ確認していくことが大事なのだと思いました。

    神先生に「行動できたね。」と言っていただいて、初めて、自分の気づきが行動になったことを知るのだと思いました。

    その行動が、神先生の「わぁ~い!と走り出したいほど」の喜びにつながったら、私は嬉しいです。

  2. ゆうこ より:

    自分では行動に移しているつもりでいます。
    でも、周りが動いていないという事は、自分が「しているつもり」にすぎないという事でしょうか。

    小学3年生と同じレベルだと思うと、胃に鉛が入っているような氣分になりますが、類まれなご縁のお陰で、薫子神様の下で學んでいるのですから、「しているつもり」から、いつか脱却します。

  3. りこ より:

    blogにある、気付きが行動につながったお話を神先生から教えていただきました。
    この方と私との違いは何か考えました。
    お子様(相手)への思いではないかと思いました。
    お子様(相手)のために自分を変えたいという思いが、気付きを切実に行動へと変えていると思います。
    道徳の授業でも、アキラ君を通して周りへの迷惑や改善方法を子どもたちが考えたように、
    「誰か」が具体的であるほど、改善に向けて自分の思いは強くなるように思います。

    私の目標において、相手への思いが不十分でした。
    神先生が、常に周りへの心遣いで行動されています。
    いかにこのことが魂磨きに重要か、改めて気付いたのだから行動し、気付きを學びにします。

  4. かなみ より:

    神先生だったらどうする?を考え過ごす日々。その中で、突然やってきました。
    仕事中、「あっ!これしなきゃ!」っと瞬間的にビビッときて、スッとお客様のことを考えて行動できた感覚がありました。
    そしてその想いが繋がっていき、ストーリーになっていったこと、これは、神先生とカウンセリングでお話しをして、教えていただいたから、そういうことだったんだ!!と分かりました。

    神先生がいつも仰る、知識だけ増えても実践しないと分かった気になっているだけで何にもならないということが、経験できたからこそ分かり、身に沁みます。

    神先生から、個我が小さくなるとスペースができて、魂の声が聴こえるようになり、行動も自然とできるようになると教えていただきました。
    だから個我を小さくしていく努力も必要なんだ!!と、今まで分かった気になっていたことも分かりました。

    これからも神先生にカウンセリングしていただいて、方向性が間違っていないか、これはこういうことなんだ、ではどうしていくか等を確認しながら実践していきます。
    実践をする姿を、子供にも見せていけるよう努力します。

    神先生にいただいた100点満点が、今までの人生で最高の100点でした。
    嬉しすぎて子供のように声をあげて泣きました。
    神先生のお言葉や笑顔が忘れられません。
    神先生、ありがとうございます。。。

  5. 里恵 より:

    この文にドキッとしました。
    「文字にする事で、まるでできたように満足する。」
    脳みそフル回転で書き出しただけで、行動できていなかった事にさえも、気づけていませんでした。

    「気づいてもそのことについて行動しないと気づいたことにはならない。」
    まさに今日、この文を脳内が駆け巡った、私の至らなさから起きた出来事がありました。
    勝手に解釈して納得して、動かない理由にしてしまいました。
    薫子神にお伺いする事も、遠慮している自分がおりました。
    では何のために學ぼうとしているのか。
    本末転倒でした。

    薫子神のニコニコ笑顔が、私の幸せです。
    私丸出しで生きて、それで良し!と笑って太鼓判を押していただけるよう、お伺いを立てながら動いてまいります。

  6. 奈緒 より:

    ブログを拝読して、私がまず思ったのは、薫子神にはご機嫌でいていただきたい、ということでした。

    そのためにも、私は自分自身が実践していきたいと思いました。

    課題に向き合うこと。
    そして、苦手なところから逃げずに、一つひとつ向き合っていくこと。

    私の課題の一つとして、コミュニケーションと健康があります。
    これまで薫子神からご助言をいただき、導いていただく中で、自分でも氣をつけていけるようになってきました。

    そして今、私が氣づいたのは、
    「氣づくことに、自分から氣づくこと」
    も、自分の課題なのではないかということです。

    私はこれまで、氣づいたつもり、行動したつもりになっていたところがありました。

    氣づいたことを確認しながら、実際に行動に移していく。
    そこまでできて、初めて「行動した」と言えるのだと思います。

    発達特性が強めの私にとっては、簡単なことではないかもしれません。

    でも、それを言い訳にはしない。

    一つひとつ確認しながら、実践していきたいと思います。

  7. さとみ より:

    苦しい経験をすることで、知っていることと、経験して理解することは全く別なのだと分かりました。
    私は状況をすぐに変えようとしてバタバタ動きますが、そういう時は一度行動を見直し、時間を置くことで、事態が好転することが多々あります。
    時間を置くことがいつまでなのか分かりませんが、数時間から数年かかることもあることを理解しました。
    神先生はこのことを理解するまで、何年も辛抱しなさい、と叱ってくれていたのだと分かりました。

    辛抱している最中は、自分が悪く言われたり、なんで理解してもらえないの?と悔しい思いもしますが、そこを乗り越えると、前に進めるようになると分かりました。
    苦しい日々ですが、いつか相手を思って行動できるようになるまで、辛抱して一つずつ物事を進めていきます。

    神先生にがんばったね、と言われるよう、努力し続けます。