6年ぶりに93歳になった母が、
姉の車に10時間かけて横浜から盛岡に来てくれた。
年相応の老いはあるものの、
母の本質を知る事となったこの1ヶ月、
エピソードはいくつかあるが、まずは一つ。
啓の職場が入るアイーナに行き、
長ーいエスカレーターを見て乗りびっくりして8階まで行き、
スケルトンのエレベーターが目の前に降りてきてびっくりして乗って、
少しフラフラになりながら啓を驚かすために事務所前の椅子に二人で座っていた。
事務所から出て来てびっくりした啓を見て二人で、やったね!ってキャキャしている所に、
以前一緒に仕事をした職員さんが出て来た。
私を見て駆け寄って来てくれた。
母が私をじっと見たので、
母にその方との関係性を伝えた。
(母は深々と一歩下がり頭を下げ、手を合わせ)
『ありがとうございます。いつもこの二人がお世話になっています。』
「いえいえ、とんでもありません、こちらこそ……です。」
(私たち二人を見ながら)
『今後もこの二人を末長く、どうぞ、どうぞよろしくお願い致します。』と。
老いて来ている彼女の日々の言葉や行動から考えたら、こんな態度がどこから出て来た?
びっくりした。
老いると、その人の本質しか残らない。
これが母の本質……。
この人はどういう人なの?
あなたとの関係は?
初めて会う人との関係性を、そういえばよく尋ねられることに気づいた。
なぜかな?
母に尋ねると、
『薫ちゃんのお友達は大切、感謝を伝えないと。』
『人間関係は互いの感謝よ。』
老いた時、私にはどんな本質が残るのだろう。
あなたが老いた時、どんな本質が残りますか?
母の言葉語録。
・ありがとう、感謝いたします。(必ず頭を下げながら手を合わせて)
・天の神さま、地の神さま、おはようございます。(必ず頭を下げながら手を合わせて)
・なんて静か。
・なんて、のどか。
・水の神さま、ありがとう。(水道の蛇口を捻りながら)
・天の神さま、地の神さま、今日もありがとうございました。(必ず頭を下げながら手を合わせて)
・どっこいしょ。
・幸せ、ありがとう(必ず頭を下げながら手を合わせて)
老いた時、私の言葉語録に並ぶ言葉は?
あなたが老いた時、どんな言葉語録が並びますか?


コメント
今日の見立てプログラムで、言葉が全く出なくなりました。
何を言っても、言訳のように思えたからです。
根本的なものが、理解できていないからだと思います。
魂が向かっている方向が、ずれているように感じています。
薫子神のお母様の言葉語録に、私に足りないものが全て詰まっていると感じました。
ただただ,とても凄くあたたかいエネルギーを感じ一瞬で満たされました。
93才になられても、我が子への愛を与えたい気持ちをお持ちになり、
そして己が生かされている天からの恵みに感謝する姿が本質。
あたたかい愛しかない。
神ですね。
ブログを読んでいる時、アイーナ内のやり取りなのでしょうけれど、温かい白と金色のまぶしい光がゆっくりと桃色に代わる光をバックにした光景が思い浮かびました。
本質は真似て出来る事ではないと思います。ですが、
薫子神の元で精神世界を學ぶ事がゆるされる限り精神世界を學び、
あたたかい光を感じ感謝できるようになりたいと思いました。
素晴らしく、そしてありがたいお話をありがとうございました。
お母様のお話を拝読し、心がとても温かくなりました。
93歳になられても、驚いたり、喜んだり、「やったね!」と一緒に笑い合われるお二人のお姿が容易に想像でき、読んでいるこちらまで笑顔にさせていただきました。
そして何より、初めて会う方へ深々と頭を下げ、自然に感謝を伝えられるお母様のお姿に、長い人生の中で大切に積み重ねてこられたものを感じました。
「薫ちゃんのお友達は大切、感謝を伝えないと。」「人間関係は互いの感謝よ。」
とても優しく、人としての在り方を學ばせていただきました。
老いていくことで、取り繕うものではなく、その人の本質が残っていくのだとしたら、私も歳を重ねた時、どんな言葉を口にする人でありたいか、改めて考えさせていただきました。
温かなお話をありがとうございました。
“長い人生の中”ではないよ。
魂の連続性の中でだよ。
今世だけではないからね。
神先生語録は日々更新されますが、今日は「大丈夫だからね」「ありがとう」「個我を消す!」という言葉です。
私が老いたときは、「でも~」と個我連発している姿が浮かびました。
神先生と関わらせていただき、いつも伝えて下さっている言葉なのに、
語録がまるで違うのは、受け取り側の大問題だと思いました。
形だけですがお母様の言葉を真似すると、温かいです。
来世に向けて種をもつために、「ありがとう」を大事にします。
ブログの内容を読み進める毎に、胸が熱くなり、気づくと涙が溢れてきていました。
お母様の本質である『母の言葉語録』は、どのお言葉も温かくて、愛情が溢れておられ、感謝の想いしかなかったです。
最後に残るのが本質ならば、どんな本質を残せるだろうか。
お母様の様に感謝の想いは残せるだろうか、と色々考えてしまいます。
そんな魂になる為に、薫子神の元で學びをゆるされる限り、感謝の想いを持ち続けて魂を磨いていきます。
とてもあたたかく、有り難いお話をありがとうございました。
神先生のお母様のように、感謝の日々を過ごしたいと思いました。
ここ数カ月、祖父母や両親、親戚の姿は、未来の私だと言われていると感じていました。
不平不満を言う毎日を過ごしたり、やりたい放題に貫けばどうなるのかなど、目の前で見せられていて、最期はどんな自分で終えたい?そのためには、どうする?と日々問われている、と思うようになりました。
それと、感情的になり失敗する日々ですが、この状況を見られること、考え、改める機会をいただけることに感謝をするようになりました。
温かい言葉が未来の私に並ぶよう、試行錯誤していきます。
神先生のお母様の本質から紡ぎ出される、純粋で清らかで謙虚で、あたたかな御言葉の数々に胸がいっぱいになりました。
お母様の御姿は、来世に渡って目指す在り方だと受け取りました。
同じ景色でも、ブログを拝読した後では違って見えてきました。
老いた時の自分の本質や発する言葉を想像した時、なんと真逆なことか…。日頃から謙虚さや感謝がいかに足りないか。
老いた時の言葉語録が少しでも謙虚であたたかで、感謝に満ちたものになるように、神先生のもとで學びを許されている時間を無駄にしないよう日々歩んでいきます。
Ravennaにお詣りに行くようになって、まだ1ヶ月ちょっとですが、
日々感謝をお伝えするようになってから、
仕事でも大きな変化を感じています。
以前よりクレーマーの方に当たることが減り、
感じの良いお客様を接客する機会が増えました。
また、職場近くで、いつもの退勤時間に熊が目撃された日、私はシフトがお休みでした。
その出来事にも、ありがたいことだと感じました。
あらゆるものへの感謝の気持ちは、
自分の心だけではなく、日々の現実にも影響しているのだと感じています。
そして、小さな変化やありがたさに気づくたび、また感謝の気持ちが増えていきます。
そうした日々の積み重ねが、
老いた時、その人の“本質”として自然に残っていくのかもしれないと感じました。
神先生の問い、
『あなたが老いた時、どんな言葉語録が並びますか?』
「ありがとう」「ごめんなさい」
の言葉が自然に出る素直な人でありたいです。
自然、動物、人との調和をもって生きる上で一番大事な、目指すべき在り方に触れさせて下さり、有難う御座います。
今生どこまで近づくことができるか、チャレンジいたします。
神先生のお母様、穏やかで暖かくて自然体で、角なんてない、まぁるい方と感じると同時に、トゲトゲやガチガチの自分を感じました。
世の中の人がお母様のような方ばかりだったら、暖かさに溢れた世の中になるのではないかなぁとあったかい世界が想像できます。
神先生の『暖かいエネルギー』のブログの中に書かれている、『ありがとうが見つけなくても伝えられる』が、お母様の語録から見せていただいたと感じました。
今の自分を考えた時、何も語録は残らない気がします。
こんなに自然で暖かい語録が並ぶお母様のように、感謝とともに生きられるよう努力を重ねていくのみと気持ちを膨らませています。
自然で暖かい気持ちを感じさせていただき、ありがとうございます。
神先生の語録も想像するのが楽しいです。
素敵なブログとお写真ありがとうございます。
リトリート中にお母さまにお会いできた事が私の宝物でございます。
あらゆるものへ感謝を捧げるあの素敵なお声が脳内再生されました。
心の奥が震えっぱなしです。
この気持ちのままずっといたい、大事にしたい、他のものを入れたくない、と思いました。
日常を過ごす中で他のものはどうしても入るけれど、それでもこの気持ちを保つ事が精神世界に近づける事なのかもしれないと思いました。
無意識にでも精神世界で生きられるように、私もこの宇宙と地球と自然に生かされている事、あらゆるものへの感謝を捧げて生きていきます。
薫子先生とお母様とのやりとり、そしてお母様の語録に
心があたたかくクリアになりました(なった気がしました)。
あらゆるものへの感謝、生かされていることへの感謝を
私もずっと感じてこの先も持ち続けていけるよう、
心を綺麗に日々の學びに取り組んでいきたいと思います。
あたたかいエピソードと語録をありがとうございました。