私の役割

この世界には、
苦しみだけで成り立っている出来事はありません。
そう言い切ることはできなくても、
私たちは日常の中に、学びや喜び、感謝へとひらかれていく瞬間を
確かに見出すことができます。

それがいつ、どこで、どのような形で現れるのかは、
あらかじめ決められているものではありません。
けれど、心の在り方を整え、感覚に耳を澄ませていくことで、
その兆しに気づいていく生き方があります。

この場では、
この世での生き方や物の見方、思考の置き方について、
精神性と現実のあいだを行き来しながら言葉にしていきます。
特別な答えを与えるのではなく、
それぞれが自分の感覚で確かめていけるようにすることを大切にしています。

現代社会の中で生きるために、
産業カウンセラー、キャリアコンサルタントとしての學びを重ね、
対話とカウンセリングの技法も日々磨いてきました。
クライエントが自分自身の問題に向き合い、
自ら考え、選び、進んでいく力を取り戻していくことを
静かに支える姿勢を基本としています。

また、精神性を大切にしながら現実の世界で活動している方が、
自分の在り方を見失わずに歩み続けるための場としても、
この學び舎はひらかれています。
能力を高めることよりも、
在り方が整っているかどうかを、常に問い直します。

さまざまな背景や立場を踏まえながら、
ここで大切にしている原則はただ一つ、
中庸であることです。

偏らず、急がず、
自分の足で現実に立ち続けるための学びを、
静かに重ねていきます。

<セラピストの方へ>

セラピストとして活動を続ける中で、
「技術や感受性はあるのに、在り方が揺らいでしまう」
そんな違和感を抱く方は少なくありません。

この場では、
能力を高めることよりも先に、
自分自身がどの位置に立っているのかを確かめていきます。

クライアントの変化を背負わず、
期待にも振り回されず、
現実の生活の中で無理なく続けていける在り方を探ります。

特別な力を証明する必要はありません。
静かに立ち続けられること。
それを、共に確かめていく場です。


経歴
1963年、横浜市生まれ。
母方は、神社に関わる家系に連なる背景を持ち、
祖父は宮大工として神社建築に携わっていました。
幼少期には、人の身体に自然と手を添えるような経験がありましたが、
都市での生活の中で、それらは次第に表に出ることのないものとなっていきました。

1998年、視力に大きな変化が起こる出来事を経験します。
その過程で、祈りや信仰、内的な体験が、
人の回復や在り方に深く関わることを、
身をもって知ることとなりました。

2001年、長く易の世界に携わってきた方より、
筮竹や易書を託されます。
それらは技術としてではなく、
向き合う姿勢を學ものとして受け取ってきました。

2003年、盛岡の修道院にて分け与えられた水をきっかけに、
身体と精神の大きな反応を経験します。
この出来事を通じ、
信仰や象徴が人に与える影響の深さを、
慎重に考えるようになりました。

2005年、大きな交通事故に遭い、
それまでの仕事や生活の在り方を見直す転機を迎えます。
この経験は、
自分の身体や感覚と、あらためて向き合う時間の始まりでもありました。

その後、神社関係者やさまざまな実践者との出会いを通して、
精神性と現実のあいだで生きることについて、
多くの問いを投げかけられることになります。
それらの言葉や出来事は、
答えとしてではなく、
自分の在り方を確かめる材料として受け止めてきました。

2014年以降、沖縄県宮古島をはじめ、
各地の神社や土地を訪れる機会を持ちます。
そこで行われたのは、
特別な力を示すことではなく、
場に身を置き、自身の感覚を静かに観察する時間でした。

2017年、祭事の場において、
一つの役割を担う立場として名を与えられる経験をしますが、
それは称号としてではなく、
責任と姿勢を問われるものとして受け止めています。

近年は、東洋医学やカウンセリングの分野に携わる専門家とも関わりながら、
精神性と身体、現実生活との関係について、
より実践的な視点を深めています。

現在は、
特別な存在であることを示すのではなく、
自分自身の在り方を問い続けることを軸に、
同じように立ち止まり、考えたいと感じている方と、
静かに学びの場を共有しています。

そしてこの場では、
肩書きや称号によって立場を示すことをしていません。

名乗ることで生まれる期待や上下関係よりも、
同じ場所に立ち、問いを共有することを大切にしているからです。