“ルルドの泉” シスター武田氏

牧子さんから、薫子ちゃんを連れて行きたいところがあるの、そこにいる方と会ってもらいたいの。
牧子さんの車に乗り着いた所は、盛岡ドミニカン修道院だった。

修道院の入り口まで何軒かの住宅はあるものの、デェーバがひっそりと呼吸している静寂の中に包まれる道を走った。自然に主の祈りを唱え始めた私がいた。

静寂が響き渡る中、牧子さんの後ろを歩き、木の扉の部屋に案内された。
しばらくして小柄な初老のシスターが現れた。
「武田先生よ」、牧子さんが耳元で囁いた。
自己紹介をし、冷え冷えとした木製の椅子に腰を下ろした。

しばらく話をしたが、何を話したのか全く思い出せない、ただ一度席を離れたシスターが戻って来た時に、彼女の手の中に小さなボトルが握られていた。

「薫子さん、これをお飲みなさい。」
『うん!?』
「これは聖なる泉の聖水です。」
(聖なる泉と言えば、私が知っているのは、ルルドの泉、そして聖女ベルナデッタ!まさかそのルルドの聖水?……。)
『これは?』
「これはフランスのルルドの聖水、定期的に必要なだけ送って頂いています。今回1本残りが出てしまいました。残りが出ないようにしているのですが、1本だけ残っていました。」
……。』
「これは薫子さんの聖水ですよ、どうぞ。」どうぞ、と言われても……フランスに行かないとお目にかかれないと思っていたルルドの聖水が自分の目の前にある、びっくりしてどうしたらいいのか戸惑った。

シスターの優しい眼差しを見ながら、遠慮しつつも有り難く口をつけた。
ルルドの聖水が乾いた喉に、胸に浸透していく……。
「ゆっくりで良いので、全てお飲みなさい」、全部頂いた、思いもよらぬ奇跡の出来事であった。

少し熱を持った体の違和感を感じながら、今伝えられる感謝の思いの全てを合掌した手にいっぱい包んで、涙目で武田先生に捧げた。

その時、牧子さんが私のはありませんか?と尋ねた。
「あなたのはありません。」(気まずい……以前もこれと同じような事があったような……

初めての聖地、武田シスターとの出会い、そこで起こった奇跡、平静だがピシッとしっかりと濃厚なエネルギーに触れ疲れた。
聖水を頂いた後に体に不自由さを感じ、体の奥の方から外に向かって熱がしだいに帯びていくのを感じた。
家に帰り熱をはかったら40度を超えていた。

帰宅した啓は、横になっている私をみて、40度も熱があるのに、具合が悪そうには見えなかった。
ルルドの聖水を頂いた時から熱くなった事を伝えると、マリア様の存在を近くに感じながら生活している人だから、聖水のエネルギーが魂に浸透している時なんだと感じ、心配はしなかったよ、と翌朝の朝食を取りながら伝えてくれた。

あれから20年経つが武田シスターはあの時、何を感じていたのだろうか?
その後、一度もお会い出来ていない。
牧子さんからも武田シスターの名前もあれから聞いたことはない……。