マリア様

彼女は二度私の前にいらしてくださっている。
一度は天に現れ、二度目には彼女は地上に降り立ち、小さき私と会話して下さった。

私は覚悟と責任を受け入れ、12歳息子の雄人、23歳夫の啓と盲導犬候補犬ティムとの生活を始めた、今から23年前、私が36歳の時だ。
ティムを含め三人が毎日、自分が家族のために何が出来るかを見つけ、互いに支えながら生きた。
楽しい時間だった、と言えるまでには未だなってはいない、辛く悲しく、悔しい事が深すぎたからだ。 そして、それは簡単に身体にダメージを与え、現れるのにそう時間はかからなかった。

目が霞み始め、光しか感じなくなり、雄人の顔がぼんやりとしかわからなくなった。
これでは雄人を育てられない、啓ちゃんどうしよう、私、目が見えない、泣きじゃくった。
病院に行ったが、ドクターは目に異常は見当たらない、と診断した。

珠ちゃん(北海道で出来た最初のお友達)は、私が大変な事になっていると聞いて、腕の良い鍼の先生を連れて来た。 鍼を打ったら体が益々重くなり、全身がだらりとして力が入らなくなった。 「鍼で体が動かなくなってしまう体をもっている人がいると學んだ、それが……。自分の所ではあなたを治療するのは無理です。」、 珠ちゃんの気持ちを考えると複雑になった、ごめんね、と。

次に彼女は音楽療法の“テルミー奏者”を枕元に座らせた。
不思議な音色が響く中、火のついたお香が枕元に落ちて火の粉でシーツが焦げた。
慌てた珠ちゃんを感じ、シーツ焦げちゃったけれど彼女の愛に感謝した…ありがとう、と彼女の愛に感謝した。

家の事も出来なくなった。声しか二人に掛けられなくなった。泣きながら寝る時間も多くなった。

そんな時だった。
足元にある壁が眩しく光始めた。壁はどんどん光に包まれ、光の中から輝くマリア様が向こうから歩いてきた。目が見えないはずなのに、マリア様とわかった。

マリア様は、やさしくやさしく私の頭を何回も何回も撫で、そのやさしい手を肩に置き耳元でやさしい声ではっきりと囁いた。
「次に目が覚める時には目が見えるようになっているからゆっくりお休みなさい。」
驚いて目を見開いている私に、マリア様はやさしく微笑み、そのやさしい微笑みの中でうなずき、私は目を閉じた。

3日目の朝、雄人の顔がはっきりと見えた。